1988年式のNSR250R (MC18) はとても速いですよ。1980年代後半、ヤマハのTZRに対抗してホンダがワークスマシンのレプリカとして送り出したのがNSR250Rということです。2ストロークV型二気筒エンジン、量産車初となるコンピュータによるエンジン制御システム「PGM」、RCバルブなどを搭載し、とてもレーシーな気分にさせる。大型二輪を取った今でもとても魅力的なバイクです。ずっと乗っていたかったな〜

VT250スパーダを失い、実家に帰る60キロの道のりも自転車になってしまった自分。

個人売買にて念願のレーサーレプリカを手に入れることになりました。

 購入と印象

個人売買掲示板で「10万円前後の250ccのレーサーレプリカ譲ってください」と掲示したところNSR250Rを売ってくれる方が現れた。88年式のNSR250R。87年式に比べてカッコよくなっている。ということで、群馬県から持ってきてくれたSさんより10万円で購入。アイドリングが少し不安定。フロントフォークからオイル漏れ。アッパーカウルだけ色が違う。等ありましたが走行距離が1万キロ。と言うことで購入。なんだかSさんは「NSR88年式が一番速いんですよ!」と熱く語っていました。

低回転ではあまりパワーがないが、7000回転から強力な加速が得られる。首がかくんとなります。とても速いですね。Sさんと2人乗りで後ろに乗ったときは恐かったですよ。

 なんだかエンジンがかからなくなった?!。

数ヶ月ぶりでバイクに乗れるようになり浮かれている僕。スパーダよりずーとパワフル。GT−Rも目じゃないぜ? でもある日、走行中に急激なパワーダウン。「どうしてしまったんだNSR!」エンジンを止めて、再びエンジンをかけようとしてもかからない。あーあ。はじめはスパーダのときから連想して「キャブなのか?」と思いましたが、プラグがかぶったのでした。交換して走れるようになる。

  YAMAHA R1−Zとどっちが速いのかね〜? それは決まってるはずだったんだけど?

ある日、いとこのしんちゃんがNSRにのった。「あんまり速くない」との事。そこでしんちゃんのR1−Zに乗せてもらうことになる。同じ2スト250でもこれはネイキッド。NSRが速いに決まっているはず だったが… 速い、速いじゃないかR1-Z! このR1-Zは規制前のやつで、5000キロも走ってないし、毎年ちゃんと整備しているからですね。うーん。やっぱりNSRにはキャブのオーバーホールが必要かな?

  プラグをいいものにしよう。プラチナプラグがいい。

プラチナプラグにするとパワーが出て、かぶりにくくなったりするらしい。N海部品でプラチナプラグを発見するが、本来NSR10番のプラグであることと(1番くらいは変えてもいいのですが)、ノーマルの2倍以上の値段(2本で3200円くらい)に悩むが購入。パワーの変化には気が付かないが、それまでリッター12キロだった燃費が、リッター14キロくらいになる。効いてるみたい。

  やっぱりプラグを変えただけではかぶる。キャブのオーバーホールにだそう。

 自転車で茨城から九州までツーリングに行くとになったので、その間にショップにキャブのオーバーホールに出すことにした。いざもって行こうとしたら、プラグがかぶってエンジンかからず。「いち早くショップに出さねば」と思う。約二十数日後、ツーリングから帰りバイクを取りに行く。「電話で15000円と言ってしまったので交換したプラグ代はサービスします。との事。良心的だなー YSP モト・フェニックスは。NSRのアイドリングは安定し、7000回転からの加速も良くなった気がします。回転がスパッと上がる感じですかね?

  エキゾーストパイプ(チャンバー?)のカーボンを落としてもっとよくしよう。

キャブオーバーホールに続き、エキパイのカーボンを落とすことにしました。カーボンのたまり具合によってはパワーが50%位まで落ちることもあるそうです、ショップでやると高く付くので、自分でやることにしました。これはだいぶ効果があったと思います。7000回転からの加速がさらに強烈なものになりました。

  終わりの前触れがやってきた。

僕ははTRC(筑波ライダースクラブ)というバイクの団体に入っている。それでいろは坂に行く事になりました。NSR250Rに乗っているくせに、峠を走ったことはなかったのですが、バイクの性能のおかげか?遅れずについていくことができました。上の方では山形弁をしゃべる芸能人のダニエル・カールがいたりしたのでした。しかし下りで問題がおきました。下りはゆっくり走っていたのですが、左カーブでエンジンブレーキがもっとほしくなり、ギヤを下げました。するとニュートラルに入ってしまったのですね。そして迫ってくるガードレールに焦り、ブレーキをかけたら後輪がロックして右側に転倒。免許を取ってから初めての転倒でした。前を走っていたFJ1200のY沢さんが気が付き、一方通行のいろは坂を戻ってきてくれました。この転倒でカウルに傷が付き、右のステップが少し歪んでしまいました。しかしこれはこれから起こることの前触れでしかないのでした。

 

いろは坂上りにて。これが元気なNSRを写したの最期の写真となる。

  本当の終わりは突然やってきた。

いろは坂からかえるのですが、その時に宇都宮の近くの田舎の県道を走りました。前を走る人たちに遅れていたため、ちょっと焦っていた僕はちょっとおかしくなり、かなりのスピードを出していました。そしてあるカーブに入ったとき、スピードが出過ぎていることに気が付きました。カーブ先の方でさらに曲がっていたのでした。だんだん近付いてくるガードレールを見ながら「ぶつかるかもしれない」とか「これ以上ブレーキをかけたらスリップするかもしれない」等と考えていると、衝撃と共に僕はが道路の中央に弾き飛ばされました。飛ばされている間にくるくると回ってるNSRが見えた。速度は40から50キロくらいだったと思います。僕自身は大きな怪我はありませんでした。しかし、バイクはフロントホイールをガードレールの支柱にぶつけたようで、フロントフォークが曲がり、フロントホイールが砕けていました。そしてバイクを道路の左側に寄せているときにフロントフォークが折れました。かなり大きな衝撃だったということが分かります。

「もうNSRには乗れないんだな…」

すぐにそう感じた。この事故で僕は死んでもおかしくなかったと思います。本当に運がよかった。そしてもう無謀な運転はしないと思うのでした。

ぶつかったときに僕は急所をタンクに強打した。それをしって笑ってたSASAKIさんが印象的でした。

事故後のNSR

 

  その後のNSR

事故後、NSRを直そうかという考えもありましたが、かなり大変そうなのであきらめました。はじめはエンジンをかけることができたのですが、今はなぜかキックが降りなくなってしまいました。とりあえずキャブのドレーン、タンク内部がさびないようにしたりして保管。売却の時を待つ…

 

そして…

その後のNSR

 

NSR250Rはアッパーカウル周りを5000円、その他の部分を三万円で売りました。車体を売るときに、買い手の方と一緒にフォークとホイールを付けてエンジン始動します。キックが降りないときはプラグの穴から2ストオイルを少し入れてやるといいとSKGの佐藤さんからアドバイスをいただき、実践。エンジン始動!

フォーク(89年用)をつけるの図

「俺のキックを受けてみろ!」

 

しかしキックは降りない。いつのまにかかたくなになっていたのね… しかしあきらめずに

 

「燃えろ!!俺の中のコスモよ!! アイオリアと同じくらいにまで高まれ!?」

 

とコスモ(小宇宙)全開でキックしたら見事に降りた。

エンジンがかかった…

(思わずクラッチつないだままだったにもかかわらずキックが降りました。さすがサイクリング部)。ドレーンが完璧でなかったらしく(おそらくタンクのコックが良くなかった)キャブのオーバーフローでガソリンが出てきた。うーんすいませんIさん。そして無事エンジンもかかりちょっとだけ最後の走りをするのでした。いまさらながらさびしくなる。娘を嫁に出す気分はこうなんだろーなー そしてトラックでNSRは僕の元から離れていった。ありがとうNSR 僕は君をわすれないよ!

僕の元を去るNSR。さよなら、大好きなNSR

 

そして僕は再びスパーダへ乗ることになる。

 

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