The all carbon frame appeared on the world in 1987

1987年 「Kestrel 4000 は世界初のオールカーボンフレームとして登場した。

世界初のオールカーボンフレームを市販したケストレル。ケストレル4000はまさにそのモデルです。

サンドポイントデザイン社によってケストレルは造られています。自転車のフレームの最高の素材は何か? その問いに対してケストレルはカーボンが最高の素材であると考え、現在までカーボンフレームを生み出してきました。1987年当時もすでにカーボンを使用したフレームは存在したようですが、それらはアルミなどのラグを使っていたようです。そこでラグを使わずにカーボンの特性を生かした一体構造とすることで強度が上がり、軽量にすることができ、更に空気抵抗の少ない流線型のフレームが作られました。それが「Kestrel4000」なんですね。

右がケストレル4000です。なんとこのフレームが世の中の小学生がドラクエVに期待を寄せて小遣いをためていた1987年に造られていたのです。”世界初のオールカーボンフレーム”なのにこのエアロなフレームは一体なんなんだ? それはやっぱりケストレルにはNASAの技術者が関与しているからなのさ? 4000は現在のケストレルのフレームに引けを取らないほどエアロダイナミクスを重視していたようです。今のケストレルの700Cのモデルである200EMS200SCI300EMSよりも空気抵抗が少なそうです。シートチューブの無い500EMS500SCIKM40よりはあるのでしょうか? まあいいや。最近出たタロンは、4000と同じコンセプトで作られたそぷです。そのためデザインが似ているようです。

トライアスロンは海の近くで行われることから風が強いので、空気抵抗の少ない自転車が好まれるらしいですね。そして当時はドラフティング禁止で風に向かって一人で走らなくてはいけませんでしたから空気抵抗の少ない自転車がよかったんでしょう。ケストレルはトライアスロンで人気。ここ数年ハワイのアイアンマンでの使用率はTREKを押さえて一位。アトランタオリンピックでも走ってた。

あとエアロブームで当時はコルナゴなどもシフトワイヤーをチューブの中に通し、空気抵抗削減をはかるなどしていたようです。

それではKESTREL4000の特徴を紹介。

オールカーボン、つまりカーボンモノコックフレーム

あれれ?このフレーム継ぎ目が無いですよ? そう! オールカーボンというだけあってカーボンモノコックなのです。世界初のカーボンモノコックの登場は1987年、週刊少年ジャンプでは聖闘士星矢はゴールドクロスたちと戦い、ケンシロウは北斗百裂拳を放ち、男塾では「ワシが男塾塾長、枝島平八であーる!」と叫んでいた時代だったのです。人々はこのとき初めて間近にモノコックフレームを見たのでしょう。しかも太くて滑らかな曲線を描く4000を。

 

シートチューブがエアロ

現在のエアロなカーボンモノコックフレームでは割とよくある形をしています。アルミフレームでもありますね。でも1987年のドラゴンボールの孫悟空はサイヤ人だなんて誰も知らずにピッコロ大魔王と戦って、テンシンハンが魔封波を習得していた時代にはこの形は衝撃的だったにちがいない? タイヤの形に曲線があるだけでなく、飛行機の翼のように後方が鋭く尖った形になっています。

 

ダウンチューブがエアロ

太いダウンチューブです。最近もメガチューブとかはやってます。これも世の中はインデュラインってだれ?で、ヤン・ウルリッヒはまだ小学生、アームストロングはハイスクールでトライアスリート?の1987年には珍しいものだったのでしょう。キャノンデールは既に太いダウンチューブを採用していたでしょう。1990年だい半ばからはビアンキも上位モデルにチタンメガチューブとして楕円形のダウンチューブを採用したりで、現在では多くの自転車に採用されているようです。話を元に戻して、4000のダウンチューブはシートチューブと同様に飛行機の羽のように後方が鋭く尖った形です。空気抵抗を削減する形。この尖り方は僕の4000の好きなところ。ボトルをつけると空気の流れが乱れそうでシートチューブの方につけたくなるなぁ。

 

リヤステーがエアロ

デュアルコントロールレバーってなに?それってコマンドシフター?DURAACE8段になるらしいよ?という1987年にはこんな平べったいリヤステーは存在しなかったのではないだろうか? 当時はクロモリフレームが主流だったから。

 

実はモノシートステーでエアロ

モノシートステーってなに?それはリヤステーが根元で一本になっていること。最近のフレームでは珍しくないので特に強調しているメーカーも無いかも。1996年のジャイアントのカタログでは強調されてますね「空気抵抗が少なくなって、リヤトライアングルが小さくなるから剛性が上がる」と。抜作先生がいきなり尻見せやってた1987年にはまだ珍しかったでしょうか?アルミフレームも少ないだろうし。

 

インナーワイヤー処理でエアロ

今はダブルレバーを付ける台座すらなくなってきている。インテグラルヘッドってなんじゃりゃ〜!な1987年には、あってもそんなに不思議でないインナーワイヤー処理。4000ではシフトワイヤーがダウンチューブの中とかをとおります。はじめはコルナゴとかが空気抵抗削減のためにはじめたらしい。4000にも採用されて、空気抵抗を減らすだけでなく、デザインや持ちやすさでも活躍している。車の上のキャリアにつけるときに傷がつきにくいんだよね〜。

 

の初期のモデル

実は私の40001987年に発売された4000とは少し異なります。発売後に若干の変更があったようで、初期の4000とはロゴデザインなどが少し異なり、フロントフォークがカーボン製に変更されています。初期の4000はクロモリ製のフォークとなっていて、リヤエンドの幅が少し狭く、126ミリのようです。(私のは128ミリ)

右が初期のKESTREL4000 4000が縁で知り合った斎藤さんのものです。”4000”の文字が違ったり、”K”の文字がカラフルになっていたりします。TANGEのクロモリフォークが標準だったそうです。

 

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